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東京地方裁判所 昭和62年(ワ)9513号 判決

原告

甲太郎

右訴訟代理人弁護士

木村峻郎

池原毅和

被告

乙野次郎

右訴訟代理人弁護士

後藤徳司

日浅伸廣

右訴訟復代理人弁護士

荒木秀治

被告

丙川三郎

右訴訟代理人弁護士

永峰重夫

右訴訟復代理人弁護士

大久保博通

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、原告に対し、各自六一〇万円及びこれに対する被告乙野次郎については昭和六二年七月一七日から、被告丙川三郎については同年同月一六日から、いずれも支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁(被告ら)

主文同旨

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、テニス場営業を営む有限会社ほか数社を経営する者であるが、昭和六一年ころ、原告の過年分の所得税につき、税務当局の調査を受け、修正申告をするよう要求されるに至った。

2  被告らは、昭和六一年六月中旬ころ、右のとおり税務調査を受け、困惑している原告に対し、政治家の丁山四郎代議士に依頼して、原告のなすべき修正申告について、所轄税務署の処理に適切な助言ないし勧告をしてもらえるよう取り計らってやるが、そのため丁山代議士に対する謝礼として一六一〇万円が必要であると申し向け、その言を信じた原告は、被告乙野に対し、一六一〇万円を交付した。

3  しかし、被告らは、真実は丁山代議士に対し右のような依頼をする意思はなく、またそのような依頼をしても、同代議士から税務署に対し適切な助言ないしは勧告をしてもらうことができないことを知りながら、これを秘し、外国人であり日本の租税体系に疎い原告を欺罔して、前記のとおり一六一〇万円を騙取したものである。

4  仮に、被告らの前記行為が不法行為にあたらないとしても、原告は、前記の趣旨で丁山代議士に交付することを被告乙野に依頼して一六一〇万円を預託し、被告乙野はこれを受領したものであり、原告と被告乙野との間には、右金員を丁山代議士に交付してもらう内容の委任ないしは準委任契約が締結されたものであるところ、原告は、被告乙野に対し、本訴における平成元年一〇月三〇日の第一六回口頭弁論期日において、右契約を解約する旨の意思表示をした。

5  原告は、その後他から前記の一六一〇万円のうち一〇〇〇万円の返還を受けた。

6  よって原告は、被告らに対し、不法行為に基づく損害賠償として、各自六一〇万円とこれに対する不法行為の後である請求の趣旨記載の日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、予備的請求として、被告乙野に対し、委任ないしは準委任契約の解約に基づき、前同額の預託金(一六一〇万円)とこれに対する遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

(被告ら)

1 請求原因1の事実は知らない。

2 請求原因2及び3の事実は否認する。

(被告乙野)

3 請求原因4の事実は否認する。

三  被告乙野の主張

原告が一六一〇万円という金員を交付した趣旨は、原告の脱税に対する税務当局の調査に不当な圧力をかけて、本来の納税を免れ、あるいは脱税事件の結果、外国人である原告が本国へ強制送還されるのを免れるための働きかけを求めるという不法な原因に基づくものである。

四  被告乙野の主張に対する原告の認否及び反論

1  被告乙野の主張は否認する。原告は、適正な税務処理を指導してもらうために丁山代議士に金員を交付することを依頼したのであり、右金員の交付に関して不法な目的は存しない。

2  本件の金員の交付が不法原因給付にあたるとしても、原告が金員を交付したのは、請求原因3のとおり、被告らの詐欺的言動に欺罔されたことに基づくのであり、その不法性は、一方的に受益者である被告らの側に存する。

3  本件の金員の交付が不法原因給付にあたるとしても、その不法目的は着手されず、いまだこれが実現されていないのであるから、民法七〇八条本文の適用は排除されるべきである。

五  原告の反論に対する被告乙野の認否

原告の反論(四の2及び3)の事実は否認し、主張は争う。

第三  証拠〈省略〉

理由

一〈証拠〉によれば、請求原因1の事実が認められる。

二右証拠のほか、〈証拠〉を総合すると、次の事実が認められる。

1  原告は、過年分の所得税等の申告もれにつき、昭和六一年五月一四日、税務当局の税務調査としての強制捜査を受け、帳簿類を押収されるに至り、その処理に憔悴し、原告の所有する賃貸事務所の賃借人で不動産業を営む被告丙川にこれに相談した。

2  原告は、大韓民国国籍を有する外国人であるところ、脱税により巨額の追徴課税を受けることのほか、捜査の際身柄を拘束され、さらには本国に強制送還されることを恐れ、この点についての善処方を被告丙川に相談したところ、被告丙川は、原告の知人でもあり、政治家にもつながりのある戊田五郎の事務所に原告を連れていき、原告は、右の趣旨を戊田に伝えた。

3  そこで戊田は、原告を同道して自民党本部の控室に赴き、以前代議士をしていたこともある被告乙野を紹介し、その後原告と被告乙野あるいは戊田が数回にわたって面談した結果、前記の問題の処理のため被告乙野において有力な政治家に依頼して、関係当局に圧力をかけ、原告の希望を実現させるようにすることとし、その政治家に対する謝礼や運動費として一六〇〇万円を原告が用意することになった。

4  原告は、同年五月末から六月にかけて、一六〇〇万円に被告丙川に対する謝礼の趣旨の一〇万円を加えた一六一〇万円を二回に分けて被告乙野に交付し、そのころ被告乙野は、原告に対し、原告からの件は丁山四郎代議士に依頼する旨を伝えた。なお、被告丙川は、その後戊田を通じて一〇万円を受領した。

5  その後原告は、税務調査において身柄拘束を受けることもなく、また後記の刑事判決の後も強制送還の処分を受けることもなかったが、税務調査が進むにつれ、巨額の追徴課税と刑事訴追を受けることは必至となった。なおその後の原告に対する刑事裁判では、原告は、罰金六〇〇〇万円に処せられ、また追徴課税は加算税含め約八億円を納付することとなった。

6  原告は、原告に対する右処分等が避けられない情勢となったころ、丁山代議士の秘書と名乗る者から連絡を受け、同代議士の事務所に赴き、一〇〇〇万円の返還を受けて、これを受領した。

以上の事実が認められるところ、請求原因2につき、右認定の趣旨に基づき原告から被告乙野に対し一六一〇万円が交付されたことは認められるけれども、それ以上に、被告らが原告を欺罔して右金員を交付させたとの事実(請求原因3)は、以上認定事実に照らしこれを認めることはできない(本件全証拠によってもこれを認めるに足りない。)。

三そこで請求原因4(被告乙野に対する予備的請求原因)について検討する。

1 原告が政治家に金員を交付することを被告乙野に依頼した趣旨は、前記認定事実とその金額が極めて高額であることに照らし、政治家の違法ないしは不当な圧力を利用して、関係当局の原告に対する税務調査や追徴課税に手心を加えさせ、あるいは原告に対する身柄拘束や強制送還を阻止させるなどの原告に有利な取り計らいを期待したものであることが明らかである(この認定に反する原告本人の供述は採用の限りでない。)。したがって、原告と被告乙野との間の契約がいかなる性質を有するものであるかに関係なく、原告の右金員の交付は、民法七〇八条本文にいう不法な原因に基づく給付に該当するものというべきである。

2  原告は、本件が不法原因給付にあたるとしても、その不法目的は詐欺的言動により原告を欺罔した受益者である被告の側にのみ存すると主張する。しかし本件における原告の金員の交付が、被告らの欺罔によるものであると認めるに足りないことは、前認定のとおりであり、本件において不法の目的が受益者についてのみ存するということはできないから、原告の主張は失当である。

3  原告は、本件においては不法目的は着手されず、いまだ実現されていないから、民法七〇八条本文の適用は排除されるべきであると主張する。しかし、不法目的が実現していない場合において民法の右規定が排除されるか否かはともかくとして、本件においては前認定のとおり、原告が交付した金員のうちの一部が政治家の秘書を名乗る者から原告に返還されていることが認められ、被告乙野において、当初の原告の依頼の趣旨に沿った運動が少なくともある程度はなされていたことが推認されるから、原告の主張は、この点において前提を欠き、失当というほかない。

四以上の次第であるから、原告の本訴請求は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないことが明らかであるから、いずれもこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官三輪和雄)

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